第36回応用経済時系列研究会・研究報告会




2019年7月27日(土)  10:30-16:40

東京大学大学院 経済学研究科学術交流棟 小島ホール・1階 第2セミナー室
〒113-8654 東京都文京区本郷7-3-1
   地下鉄丸ノ内線「本郷三丁目」下車・徒歩約10分
   地下鉄大江戸線「本郷三丁目」下車・徒歩約8分
   地下鉄南北線「東大前」下車・徒歩約15分
   https://www.u-tokyo.ac.jp/


参加申し込み方法については別途こちらをご覧下さい

プログラム

午前の部 : 座長 川崎 能典(統計数理研究所) 講演60分,質疑応答15分

10:30-11:45
特別講演「暗号と数論と金融」
池森 俊文(統計数理研究所統計思考院特命教授,ロボット投信株式会社顧問)
■ 11:45-12:45
昼食/理事会(東京大学経済学部本館12階会議室)

■ 12:45-13:05
総会(東京大学大学院 経済学研究科学術交流棟 小島ホール・1階 第2セミナー室)



午後第1部 : 座長 吉田 靖(東京経済大学経営学部)  報告35分,討論・質疑応答15分,計50分

13:05-13:55
「テンソル分解を利用したLee-Carterモデルの拡張と都道府県別生命表解析」
野村 俊一(統計数理研究所)

コメンテーター:井川 孝之(PwCあらた有限責任監査法人)
13:55-14:45
「加速度時系列データを用いた自動車事故と運転挙動との相関性分析」
荒井 隆(滋賀大学データサイエンス教育研究センター)
笛田 薫*(滋賀大学データサイエンス学部)
コメンテーター:高橋 啓(群馬大学数理データ科学教育研究センター)

午後第2部 : 座長 中妻 照雄(慶應義塾大学経済学部) 

15:00-15:50 
「労働分配率は低下しているのか-税務統計との比較による検討」
飯塚 信夫(神奈川大学経済学部)
コメンテーター:三好 向洋(愛知学院大学経済学部)
15:50-16:40 
「天候オプションとしての電力価格予測モデル」
森平 爽一郎(慶應義塾大学名誉教授)
コメンテーター:竹田 恒(東京電力ホールディングス)

記号*は,複数著者による発表での,実際の登壇者を意味します.




要旨

暗号と数論と金融
池森 俊文(統計数理研究所統計思考院特命教授,ロボット投信株式会社顧問)
高度IT/ネット社会の下では,インターネットを介した重要情報の送受信が頻繁に行われるようになり,それを保全する手段として「暗号理論」が実用化されている.
その暗号理論の基礎には「数論(初等整数論・有限体上の楕円曲線の理論など)」が使用されて,抽象的で数学の女王とも称されて実用化できないものの代名詞であった「数論」が,やっと人間社会への貢献を果たすことになった.
本発表では,最近の情報化社会で広範に利用されるようになった「暗号理論」を,その歴史を振り返りながら整理し,有理整数環の剰余類へのアフィン変換を利用した「古典暗号システム」や,代表的な公開鍵暗号である「RSA暗号システム」,有限体で定義された楕円曲線上の点が構成する加法群によって組み立てられる「楕円関数暗号システム」についてその構造を明らかにする.また,これらの暗号システムを実装する上での注意点や,実装された暗号システムへの攻撃について整理する.最後にこれらの暗号システムがATMやクレジット・カード,ブロック・チェインなど「金融」に応用される状況について概観する.

テンソル分解を利用したLee-Carterモデルの拡張と都道府県別生命表解析
野村 俊一(統計数理研究所)
死亡率推計のための生命表解析は,将来人口推計をはじめ,保険料算定,年金計算などを目的として発展してきた.特に,Lee-Carterモデルと呼ばれる,暦年別・年齢別の対数死亡率に双線形型の回帰モデルを当てはめる手法が広く用いられ,ポアソン回帰やコホート項の導入などの拡張も提案されてきた.
一方,生命表解析における一つの重要な課題として,小規模な母集団に対する死亡率推計の難しさが挙げられる.年齢別に細分化された生命表では経験死亡率のばらつきが大きく,特に死亡率の低い若年層や数の少ない高齢層において経験死亡率が零となることも多い.そのようなデータに対してはLee-Carterモデルの推定値も年齢間で大きくばらつくものとなりやすく,安定した死亡率推計を得ることは困難となる.
そこで本研究では,暦年別・年齢別の生命表データに新たに小地域の区分を加えることで,暦年・年齢・小地域の3つの軸をもったテンソル形式のデータに対する拡張Lee-Carterモデルを提案する.Lee-Carterモデルのような双線形回帰は,行列型データに対する低ランク行列分解と見なすことができる.この考え方をCP分解と呼ばれる低ランクテンソル分解へと拡張すれば,Lee-Carterモデルは双線形回帰から多重線形回帰のモデルとなる.小地域ごとの母集団は小規模であっても,小地域間の差異を新たな因子として抽出することにより,安定した推定値を得ることが可能となる.
提案モデルを,国立社会保障・人口問題研究所が公表している日本版死亡データベースの都道府県別生命表の死亡率データに適用し,都道府県による死亡率の特徴の違いについて議論する.

加速度時系列データを用いた自動車事故と運転挙動との相関性分析
荒井 隆(滋賀大学データサイエンス教育研究センター)
笛田 薫*(滋賀大学データサイエンス学部)
自動車事故は発生頻度の低い事象であるため、過去の事故履歴から事故リスクを推定するには長期間データ収集を行う必要がある。
一方、近年の情報通信機器の発展に伴い自動車の加速度データが収集できるようになっている。
本研究では運転挙動から事故リスクを推定するために、事故と関係性が強いと思われる急ブレーキに注目した。
加速度時系列データから急ブレーキ挙動を抽出し、事故との相関を分析した。

労働分配率は低下しているのか-税務統計との比較による検討
飯塚 信夫(神奈川大学経済学部)
生み出された付加価値のうち、労働者にどれだけ還元されているかを示す「労働分配率」について、代表的な2つの指標の動きが近年異なっている。1つは、GDP統計(国民経済計算)における雇用者報酬÷国民所得(要素費用表示)であり、もう1つは法人企業統計年報における人件費÷付加価値である。前者は2013年度以降、横ばいで推移しているのに対し、後者は低下を続け、2017年度には1974年ぶりの低水準となった。
このいずれが実勢を表しているのであろうか。本稿では、分子である雇用者報酬、人件費、分母である付加価値に分けて、税務統計との比較を行い、労働分配率の実勢を探りたい。

天候オプションとしての電力価格予測モデル
森平 爽一郎(慶應義塾大学名誉教授)
最近の天候や風水害にみるように、地球温暖化は企業にとってシステマティックリスクになりつつある。
この報告では、市場で取引される電力価格に天候が及ぼす影響を分析し、価格を適切に予測するためのモデリング手法と実証結果について報告する。
われわれは、企業や家計が、高温に関しては冷房オプションを、冷温に関しては暖房オプションを保有していると考える。電力価格はこうした冷房、暖房オプション価格とみなせると考えて、電力価格の予測とボラティリティの分析をこころみる。電力というコモディティは、株、債券、為替といった金融資産と比較して、価格がゼロや負になりうること、数百パーセントというボラティリティや、著しい価格スパイクを観察できるなどの特徴をもつ。
報告では、1) なぜこうしたことがなぜ生じるのか? その背後にある電力市場取引を可能にした規制緩和や電力の特徴について説明を行い、次に、2) 線形の状態空間モデル(State Space model)によって、機械学習などの複雑なモデルにたよらずとも、電力価格の予測を高い精度で行うことができることをしめす。


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