「ファイナンシャル・コンサルティングのための多期間最適資産形成モデル」
枇々木 規雄 氏
(慶應義塾大学理工学部管理工学科)


2006年10月19日(木)19:15〜20:15


 今回の談話会の講師である枇々木先生は、90年代初めから数理計画問題の研究をされてこられ、この分野の第一人者である。特に、銀行、生保ALM等の多期間最適化問題には実務家との共同研究など、実用化の面でも大きな成果をあげてきた。

 投信残高の増加、金融商品の多様化が進むなか、近年の金融広報中央委員会の各種調査では、個人は金融・経済全般について知識度がかなり低い結果がでており、パーソナル・ファイナンシャル・プランニング(PFP)の重要性は年々増してきている。談話会の様子

 講演の内容は、PFPを目的に、1人の世帯主と複数の扶養家族を前提として、生命保険、火災保険、医療保険を含む各種の金融商品の最適投資戦略をモデル化し、シミュレーション型多期間最適化手法を使用し、具体的な解を提供するものである。多期間最適化手法では、シナリオ・ツリー型が良く知られているが、本問題のような多期間(30年:30区間)には、分岐数が多くなり実質的には対応できない問題があり、シミュレーション型を採用している。枇々木先生は、2001年に両手法の長所を取り入れた混合型モデルも開発し発表している。問題の設定として、
(1) 保有資産は、金融資産、非金融資産の2種
(2) リスクは、世帯主の死亡、重大な疾病による賃金収入の減少、住宅の火災の復旧コストなど
(3) リスクヘッジ手段は、生命保険、火災保険、医療保険
(4) 目的関数:最終時点(30年後)の金融資産保有額のCVaRの最大化
(5) 制約関数:キャッシュフロー制約、リターン制約、その他
 数値解法問題としての困難さは、前提条件である世帯主30歳の死亡率0.084%から、誤差を考えるとシナリオ数は多く必要とするが、システム化を考慮した場合、計算時間は短く(ノートパソコンで2分以内)することである。当講演では、15万制約(5000シナリオ×30年)の結果を発表され、また、逓減型死亡保険に関しても、最適保険設計問題として結果を示された。

 過去の研究成果に加えて、今回のより現実味を増したモデルの研究から、最適生命保険金額は、医療保険の疾病発生率等の4つの要因の影響は受けない。逓減型死亡保険は、一定型に比較し、世帯主の死亡時点別の期待最終富は均一化される。等々興味深い結果が出ている。最適化計算に関しては、講演での発表時間の関係で説明できなかったようであるが、リスク尺度の計算に影響の少ないと思われるパスを1本のパス(グループ・パス)として考え、定式化することにより、制約式、決定変数の本数を少なくし、高速化を図った手法を開発されている。

 今後の課題として、期間数を縮小(1年間隔を5年)して、計算時間6分を2分への短縮化を図り、PFPツールとして実用に供したい。また、問題の定式化でも、賃金収入を夫婦2人にした場合等の対象家族構成の多様化等の対応。混合型モデルによる多期間最適化による条件付意思決定問題への対応を挙げていた。

 講演後の質疑応答であるが、現時点での生命保険加入の前提を将来にした場合、購入住宅資産の一部を金融資産と考える場合等のモデル定式化の問題。物理乱数を使用したシステム化の提案。この件に関しては、PFPの現場で使用してもらうためには、ソフトウェア価格は1万円以内にしたいこと、ノートパソコン程度の環境で稼動可能なこと等より難しいという回答であった。結果から、投資戦略問題と、リスクヘッジ商品の選択問題にある程度分けて定式化することも可能ではないかという意見があり、本研究の大きな成果の1つであるとの回答であった。

 長年システム開発にかかわってきた者の感想としては、研究者がシステム化を第一に考慮されて研究されていることは意義深いことであり、このシステムに近いうちに金融機関の店頭でお目にかかれること楽しみにしている。

                                                                                                               以 上

執筆・正会員 吉野 正康((株)メッセージ)


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