「資産取引ゲームにおける最適戦略:Kelly criterion をめぐって」
公文 雅之 氏
(統計数理研究所 リスク解析戦略研究センター 融合プロジェクト特任研究員)


2008年2月5日(火)19:00〜20:00


 資産運用において、総資産の何割をリスク資産へ投資するかという問題は、運用成果に大きな影響を与える。リスク資産への投資が少なければ充分な運用成績を得られず、一方リスク資産が多すぎる場合、特に資産総額を超えてレバレッジをかけた場合は10年前のアジア危機、ロシア危機、あるいは現在のサブプライム問題など投資環境の急変により破綻する危険が高まるだけでなく、破綻には至らずとも運用成績を大きく悪化させる可能性が高まる。これは例えば総資産の90%の運用損が発生した場合、元に戻すためには10倍に増やす必要があることを考えれば分かりやすい。

 今回の談話会において公文雅之先生は、まずC. E. シャノンが創始した情報理論に示唆を得た John L. ケリーにより定式化された確率論的枠組を用いた賭けゲームにおける最適戦略について紹介された。この定式化は「ケリー基準」それから導かれる最適な一定賭け比率戦略は「ケリー公式」と呼ばれており、情報理論研究者T.M. コバーによるユニバーサル・ポートフォリオへと発展している。次に自然や市場の動向に対して通常の確率的構造を前提とせずに「賭けをする人」と「自然」との間のゲームとして確率やファイナンスの諸問題を定式化し解析していくゲーム確率論的アプローチについて紹介された。

 非常に興味深かったのが、連続時間資産取引ゲームにおける最適戦略の理論と実際の市場データによる分析である。時間の都合で理論面の一部は講演されず資料を読むこととなったが、日中高頻度データと日足、週足、月足などの低頻度データの間にはHölder指数の違いが見られること、そのため高頻度指値取引ならばベイズ的ケリー基準のもとで指数的に資産が増える筈である、との分析結果は興味を引いた。

 気になった点は、標本平均が「相場」を表すForecasterの提示する値へ収束した場合は「賭けをする人」Skepticの勝ちと規定していることである。これはSkepticがForecasterの正しさを示すことを目的としている研究者ならば当てはまるが、Forecasterの誤りを見つけることで利益を得ることを目的としている実務者には当てはまらないのではないだろうか。市場の効率性を示そうとする研究者と、非効率性から利益を得ようとする運用者との違いが、このような問題設定にも現れたという点では興味深い。

 今後の課題としては、流動性も含めた考察が必要であると思われる。指数的に増える筈という分析結果も、実際にはそれに足る売買が行われていないので実現出来ず、一方出来高が確保されるよう日足以上のデータを用いるとそのような資産増加となる分析結果は得られていない。またレバレッジをかけた場合の破綻原因となるのも流動性不足によるものが多い。値動きだけでなく流動性も含めた研究の発展を期待する。        

以上




執筆・正会員 笛田 薫(岡山大学大学院環境学研究科,応用経済時系列研究会・監事)


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